大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1750号 判決 1961年11月29日

控訴人・附帯被控訴人 被告 宮川善之助

訴訟代理人 秋根久太 外二名

被控訴人・附帯控訴人 原告 渡村政雄

訴訟代理人 松崎勝一

主文

本件控訴を棄却する。

附帯控訴に基き、原判決中附帯控訴人敗訴の部分を次のとおり変更する。

附帯被控訴人は、附帯控訴人に対し、原判決主文第一項に掲げる金四十七万円の内金二十万円に対する昭和三十二年十月二十三日から右金員支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

附帯控訴に基く被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

本判決第三項は仮に執行することができる。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)訴訟代理人は、原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す、被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する、附帯控訴を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、本件控訴を棄却する、との判決及び附帯控訴に基き原判決中被控訴人敗訴の部分を取り消す、控訴人は被控訴人に対し原判決主文第一項に掲げる金四十七万円の内金二十万円に対する昭和三十年九月三十日から右金員支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、

被控訴人訴訟代理人において、

一、原判決事実摘示中判決書二枚目裏十行目の「仮りに」以下三枚目表五行目までの部分に被控訴人主張事実の記載の遺脱があるので、同三枚目表二行目「代理権」の下に「を与えられていなかつたとしても原告は被告の妻明子が被告に代り本件手形を振り出す代理権」を挿入する。

二、仮に本件各手形の共同振出人としての控訴人名義による振出が訴外中江明子(旧姓宮川、振出当時は控訴人の妻。)において控訴人のため手形を振り出す代理権がないのにその代理人として振り出した無権代理行為によるものであるとしても、控訴人は、被控訴人に対し、昭和三十一年一月五日ころその自筆の書簡をもつて自らの手形債務を認めてその履行の猶予を求め、また同年六月四日ころには控訴人の関係する国際自動車株式会社の内紛(業界にいわゆる「アロハ事件」)及びこれにつき控訴人が強力に自己の権益を主張しているととが記事として掲載されている業界新聞を被控訴人に送付しもつて右内紛が控訴人に有利に解決される見込みでありその解決がなされた節には手形金をまちがいなく支払うから暫時猶予してもらいたい趣旨を暗示し、そのほか被控訴人から本訴請求を受けるまでの間もつぱら本件手形債務の履行猶予を求める態度に終始してきたものであるから、控訴人は、その明示又は黙示の意思表示をもつて、右明子がなした無権代理行為による本件各手形振出を追認したものである。したがつて、明子が控訴人の代理人として日栄勧業株式会社と共同してなした本件各手形の振出は、本人たる控訴人につきその効力を生じたものというべきである。

三、本件(二)及び(三)の各約束手形の手形金合計金二十万円に対する昭和三十年九月三十日からその支払ずみまで年六分の割合による金員の請求については、手形法所定の利息として請求するものであるとの従前の主張が採用されないならば、被控訴人が右各手形を支払のため支払場所に呈示した昭和三十年九月二十三日の後である同月三十日以降の遅延損害金としてその支払を求める。

と陳述し、

控訴人訴訟代理人において、被控訴人の右一の主張の補正に異議はない、同二の主張事実は否認する、被控訴人は控訴人が自ら書簡や業界新聞を被控訴人に送つて本件手形債務を認めその履行の猶予を求めたと主張するけれども、控訴人は本件につき昭和三十二年十二月十二日に東京地方裁判所で開かれた調停期日においてはじめて本件各手形を見たのでありかつそのとき右各手形が控訴人不知の間に訴外中江明子によつて偽造されたものであることを発見した次第であつて、控訴人が書簡や業界新聞を送つたのは右調停期日以前のことであるからこれによつて本件手形債務を認めたりその履行の猶予を求めたりしたわけではないと陳述し、

証拠として、被控訴人訴訟代理人において、新たに甲第五号証の一から三までを提出し当審における証人伏見ちかの証言及び被控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立並びに乙第二号証の一から四まで(写)の原本の存在及び成立は認めるがその余の乙号各証の成立は不知と述べ、控訴人訴訟代理人において、新たに乙第一号証、第二号証の一から四まで(写)、第三号証の一から三まで、第四号証の一から四まで、第五号証の一及び二、第六号証の一から五まで、第七号証の一から四まで、第八号証の一から四まで並びに第九号証の一及び二を提出し当審における証人中江明子の証言及び控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第五号証の一から三までの成立を認めたほかは、いずれも原判決事実摘示のとおりであるから、その記載をここに引用する(ただし、原判決事実摘示中判決書三枚目裏四行目「証人伏見チカ」を「証人伏見ちか」に改める。)。

理由

訴外日栄勧業株式会社が控訴人との共同名義により本件各約束手形を振り出したこと並びに右会社とともに右各手形の共同振出人となつている控訴人の本件(一)の手形上の署名及び本件(二)、(三)の手形上の記名押印(右押印は控訴人の印章による。以下同じ。)が右振出当時の控訴人の妻宮川明子(宮川姓は旧姓、現在は離婚して中江姓。)によつてなされたことは、当事者間に争いがない。

被控訴人は、明子が控訴人から代理権を授与され該代理権に基きいわゆる署名代理の方式により本件各手形を前記会社と共同して振り出したものである旨主張するので、判断するに、右争いのない事実に成立に争いのない甲第四号証、第五号証の三、原審及び当審証人伏見ちか及び中江明子の各証言並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果(右各証人の証言及び本人の本人尋問における供述中後記採用しない部分を除く。)を総合すれば、被控訴人は、昭和二十一年から国際自動車株式会社の運転手として勤務していたところ、昭和二十七年暮ころ、当時右会社の経理部長をしていた控訴人から、控訴人は近く社長としてアロハ自動車という会社の経営に乗り出すことになつているが被控訴人もこの会社に出資をし、また入社してはどうか、職員待遇としかつ将来は自動車を分けてもいいしまたは株主としてもいい、ついては同社の経営に乗り出すまでまだ時日があるから手持の金があるならば妻の明子が営んでいる金融業に回して利殖をはかつてやるが、その金を控訴人に貸すつもりはないかと誘われたので、これに応ずることとしたこと、そこで被控訴人は当時貯えていた金五十万円を妻の母伏見ちかに持たせて控訴人宅へ遣わしたが、控訴人宅ではその妻明子が応対に出てこれを受け取り、同女は自己が代表取締役となつて貸金業を営む日栄勧業株式会社に対し被控訴人が右金員を貸し付けるものと解しその弁済のため同社が振り出した被控訴人を受取人とする金額金五十万円の約束手形一通をちかに交付したところ、ちかは右手形には振出人として控訴人の署名がないが右金員は控訴人に貸すのであるから右手形に控訴人の署名ももらいたい旨明子に求めたので、明子は控訴人の承諾を得た上控訴人に代つて右手形の共同振出人としてその記名押印をしたこと、被控訴人はその後右金五十万円の内金三十万円を一時返してもらつたがアロハ自動車経営の資金として後日また金三十万円を控訴人に貸し付けたので、控訴人に対する貸金額はもとどおり金五十万円となり、一方、控訴人はいよいよアロハ自動車の経営に乗り出し被控訴人もその職員として採用されたけれどもまもなく経営不振に陥つたので、被控訴人は将来を案じ昭和三十年ころから何回となく右貸金五十万円の弁済を控訴人に催告したところ、控訴人は、アロハ自動車の電話加入権を処分して得た金三万円を右金五十万円の弁済の一部に充て残金についてはその支払の猶予を求め続けてきたものであつて、その間自已の責任を否定したこともなくことに昭和三十一年一月五日ころには右同日附自筆の書簡(甲第四号証)をもつて被控訴人に対し右弁済が滞つているわけを述べてその弁解をするとともにその猶予を懇願していること、当初の金五十万円の授受に関し振り出された前記手形は支払猶予の目的でその後数回書き換えられその間右金三十万円の返済や再度の貸付及び右金三万円の弁済の都度貸金額に照応するよう額面金額にも変更がありかつ当初一通の手形がその額面金額の細分された三通の手形となり最後に被控訴人に交付されたのが本件各手形(その金額合計金四十七万円)であるところ、その間の書換手形はすべて控訴人と日栄勧業株式会社との共同名義で振り出されていること、控訴人は右のように被控訴人から貸金債務の履行を催告されその猶予を求めた過程において当初の手形やその後の書換手形が偽造に係るものである旨被控訴人に告げたことのなかつたこと等の事実を認めることができる。前記各証人の証言及び被控訴人の本人尋問における供述中には右認定に一部抵触する部分があるけれども、これらはいずれも採用しがたく、また控訴人は原審及び当審における本人尋問中で右認定に反する供述をしているが、これは右認定の資料として採用した前記各証拠に照らし信用することができない。ほかには、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実に照らして考えると、控訴人は少くとも当初の金五十万円の約束手形については控訴人の被控訴人に対する金五十万円の消費貸借上の債務の弁済のためいわゆる署名代理の方式により右金員を実際にその資金として運用する日栄勧業株式会社と共同してこれを振り出す代理権を明子に授与していたことが明らかであり、右当初の手形は支払延期のため数回にわたり書き換えられて本件各手形となつたものであるところ、その間、控訴人は被控訴人から右消費貸借上の債務の履行を催告されたのに対し自らその一部を弁済した上残債務についてはもつぱら支払猶予を求める態度に終始し自己の責任を否定したり手形が偽造であるといつたりしたことがなかつたのであるから、控訴人は、本件各手形を含む各書換手形についても、当初の手形におけると同様、妻の明子に対しいわゆる署名代理の方式により右会社と共同してこれを振り出す代理権を授与していたものと認めることができる。この認定に反する原審及び当審証人中江明子の証言並びに原審及び当審の控訴人の本人尋問における供述は、右認定に照らし信用することができない。そして、明子が本件各手形に共同振出人としての控訴人の署名(本件(一)の手形につき)又は記名押印(本件(二)、(三)の手形につき)をしたことは冒頭説示のとおりであるから、明子は控訴人から授与された代理権に基きいわゆる署名代理の方式により本件各手形を日栄勧業株式会社と共同して振り出したものであつて、右振出は本人たる控訴人に対しその効力を生ずるものといわなければならない。

次に、第三者の作成に係り当裁判所が真正に成立したものと認める甲第一号証から第三号証までの符箋部分並びに同第一号証及び第二号証の裏書部分によれば、被控訴人は、本件(一)の手形をその支払呈示期間内である昭和三十年十月一日支払のため支払場所たる株式会社第一銀行神田支店に呈示し、本件(二)、(三)の手形についてはそれぞれの受取人渡村宇太郎から同年八月二日裏書譲渡を受けた上これをその支払呈示期間経過後である同年九月二十三日支払のため支払場所たる同銀行同支店に呈示したことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。ところで、手形上の支払場所の記載は、支払呈示期間内の支払についてのみ意味があるにとどまり手形をその支払呈示期間経過後に支払のため支払場所に呈示してもその呈示は不適法であつて効力がないと解すべきであるから、右に認定した呈示のうち支払呈示期間経過後支払場所においてなされた本件(二)及び(三)の手形の右支払のための呈示はその効力がないものといわなければならない。

そうすると、被控訴人が現に本件各手形の所持人であることは、甲第一号証から第三号証までが被控訴人の手中に存する事実により明らかであり、本件(一)の手形の呈示は有効であるから、控訴人に対し、本件各手形金合計金四十七万円並びに本件(一)の手形金二十七万円に対する右手形満期日たる昭和三十年九月三十日から支払ずみまで手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める被控訴人の本訴請求部分は理由があり、本件(二)及び(三)の手形の右呈示の有効であることを前提としてその手形金合計金二十万円に対する昭和三十年九月三十日以降の利息ないし損害金の支払を求める部分は理由がないが手形の裁判上の請求の場合には訴状の送達によつて振出人は遅滞に陥るものと解すべきところ、右(二)及び(三)の手形の請求を記載した本件訴状が昭和三十二年十月二十二日控訴人に送達されていることは記録上明らかであるから右手形金合計二十万円に対する右訴状送達の翌日である昭和三十二年十月二十三日から支払ずみまで商法所定の年六分の遅延損害金を請求する限度において被控訴人の右手形に対する損害金の請求はなお理由がある。

よつて被控訴人の本訴各請求は、右各金員の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべきである。

以上説示のとおりであつて、原判決中被控訴人の請求を認容した部分は相当であるから本件控訴を棄却することとし、原判決中右請求を棄却した部分は一部不当であるからこれを変更し、民事訴訟法第九十六条、第九十二条、第百九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川喜多正時 裁判官 中田秀慧 裁判官 賀集唱)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例